大学

非常勤の講師について

2017年5月 4日 (木)

授業に向けての「がっつり飯」

毎年、春から夏にかけて(春学期)に大学の授業があります

私が担当する授業は昔でいう「夜学」というものでありますが、最近は昔のような勤労学生ばかりというわけでもない模様。

大学の今年からの新しい試みとして、クォーター制というのが始まり、1年を4等分してその4分の1の期間を単位として、これまで半年(春学期・秋学期)でやっていた授業を倍のペースで進めるというもの。15回という授業回数自体は同じ。
さっそくこれに乗ってみました。
つまり、4-6月の第一4半期に授業を実施する。このため、これまで毎週1回の授業をその倍の2回行うことになり、週2回大学に通っております。大変といえば大変だが、週2回を1単位としての授業進行はかえって好都合。
例えば、ひとつの内容を2回に分けているものを、1週で2日連続してやれば、よりわかりやすいのではないかと・・・
そして非常勤の身としては、年間の拘束期間が短くなるのも好都合。海外出張なども予定しやすい。
*
と、前置きはここまでであります。
毎年、授業のある日には昼ごはんをしっかりとることにしております。19:55から1時間半の授業であり、授業前に夕ご飯を食べるわけでもなく、昼をがっつりいかなければ、ちゃんと声も出ないのではないかとの思慮であります。
そして毎年の最初の授業日には、多少高くても、特にがっつりいこうときめております。これから始まる授業に「気合い」だー!!!
ということで・・・
310
本年度の授業初日の「気合い」の「がっつり昼ごはん」。
事務所近くの初めて行く、最近流行っているという「肉バル」という種類の店。
肉肉肉!!!店の外は排気口からもくもくと肉を焼く煙
周辺はたまったもんではない?
*
今回は、皿の陰の品書にチラッと見えるスーパーボリュームランチ1500円
牛肩ロースと豚ロースのステーキダブル。
がっつりいきました。ご飯も大盛!!
特に肉が硬いというわけでもなかったが、量が量だけに顎がくたびれる。
味はまあまあ、可もなし不可もなしというところか?。
まあ、普段の昼ごはんで1500円出すことは、ほぼあり得ない。というか、できれば500円程度におさめたいと思っている次第で、その3倍です。
しかし、おかげで授業まで腹は十分持ちこたえ、大きな声で授業をすることができました。
そして、翌週。
2017
またしてもがっつり系。
これは、いわゆる「二郎系」ラーメンであります。
800円
肉(二郎系では「豚」と称する)がすごい厚みと量、しかし、脂身が全くなく、いわゆるハラハラ崩れるタイプでもなく、超「もさもさ」した食感。大量の野菜とともにでないと、とても喉を通らない。
で、「豚」にかぶりつき、すかさず野菜を頬張り・・・の繰り返し。
なかなか麺にたどり着かない。
麺そのものも二郎系にありがちなゴワゴワした食感(この店の通常の麺とは別の「二郎系」専用麺)。つるつると啜るという麺の醍醐味を楽しむことができるものではない特有の太い麺。あくまでも、わしわしと頬張るのみ!!
コスパ的には大変よろしいのでしょうけれど、そうそう普段から食べたいものではない。
あくまでも大学授業がある日の「がっつり飯」・・といいながらまんざらでもない自分がいる。
このラーメン屋さんは実は「二郎系」のお店ではなく、いわゆる「ラーメンの神様」の系列店で、私の嫌いなつけ麺もありますが、通常のラーメンは大変気に入っております。
私、通常のラーメンでも「薄味」とお願いしておりますが、今回の「二郎系」でも、薄味は必須。それでも豚の味付は大変濃く、汁も「薄味」といっても、それでも濃く・・・・
これを「かえし多め」などと注文する方を見るにつけ、その味覚は私には到底理解不能ということになります。
この「二郎系ラーメン」、これは「ラーメン」ではなく「二郎」という食べ物なのだ、といった人がいたが、まさに言い得て妙!!
全部食べきるのは結構大変でした。最後は半泣き? お腹ぽんぽん!!。
しかし、当初の目論見は十分達成され、
この日も授業終了までお腹は十分持ち、大きな声で授業をすることができました。
めでたしめでたしであります。
*
ではまた。

2015年2月28日 (土)

東洋大支援チームの三陸 その1

井上円了助成金で活動している東洋大復興支援チームの一員として三陸を4泊5日で調査。その一部として前回の山田町の鰯の大群に遭遇がありました。それ以外にどのように行動し、なにをしてきたかをまとめました。

井上円了助成金は研究助成であり、研究するためにかかるお金を出してくれる訳であります。
この助成金で現地調査の渡航費、宿泊滞在費、域内の移動費などが担保されます。
今回、68歳学部長、35歳特任講師、58歳非常勤講師(私)の3名で4泊5日の現地調査です。
●初日
東京から新花巻へ新幹線で移動しそこでレンタカーを借りて午後1時に現地調査スタート。私は運転免許がないので、35歳の特任講師が全行程の運転を担当(ご苦労様)
釜石に向かい、途中遠野の道の駅「風の丘」で休憩&昼食、その後釜石市の「創作農家レストランこすもす」を訪問。
この場所は、15年前に盛岡から親の介護のためもあってここに移住したという夫婦が農業レストランを営んでいたが、震災後、校庭や公園が仮設の敷地になったことで子供の遊び場がなくなったとて3000m2のコスモス畑を私設の公園として開放した。
隣接する鉄工所のスレート波板の外壁が殺風景だとて、タイ在住の日本人画家が1年がかりでそこに絵を描いたことで話題になった。
Rimg70531
遊具も基本的に手作り。
突然訪問したにもかかわらず、コーヒーとピザを御馳走になりながら、いろいろと話を伺った。個人での利用もあるが、子供の団体も受け入れている。その前日には事故のないように遊具の点検など神経を使っている。ピザ釜棟もあり、ピザを焼く教室も受け入れているとのこと。
工場の壁画は見事だが、まだ完成ではなく屋根にも絵を描きたいとうかがったが、スレートの波板では屋根に登ることもできず大掛かりな足場が必要となり苦慮しているとうかがった。
Rimg70621
手作りの遊具は自然で大変よい風合いだが、端の方には既製品(工業製品)の遊具も設置されていた。これは遊具メーカーの寄贈とのことで、個人的な感想としては(その御好意はありがたいが)この場には違和感があるようにかんじた。
Rimg70601
突然の訪問にも関わらず厚遇を受け、お礼を申し上げてこの場を後にした。
釜石市内へ向かい、途中釜石観音の近くの平田(へいた)仮設住宅を視察。
Rimg70861
入り口を向かい合わせて屋根をかけ共用空間としたことで有名になった仮設住宅。
仮設住宅は(というか日本の住宅は)主要空間を南に向かせるのが一般的だが、これは棟を東西に向けている。それがOKであればこの配置が成り立つ。
各住戸は南面しないので、当然日当りは悪い。それを裏付けるように、物干竿が窓側と入り口側の両方にある。どちらにしても洗濯物の乾きはよくないはずだ。
それでも、この配置はありえると感じた。
Rimg70951
我々の訪問時点で震災からおよそ4年。この仮設住宅はかなり空き家が目立っていた。
しかし、おそらくここに住み続けざるを得ない人々は相当するいるはずであり、空き家が増えた段階で、コミュニティをどのように維持するか物理的に共用空間をどのように共用するか考える必要があると感じた。
背後には復興公営住宅が建設させ入居をまっている状態。いろいろと考えさせられることが多い仮設住宅地だった。
この場の視察を終え市中心部の宿に向かった。
宿で荷を解き、アポが取れたとて、震災後何度かお邪魔している根浜の「宝来館」にむかった。女将は大変大きなビジョンを持っておられる方で、地域の復興をいつも考えながらも、自ら経営する旅館についても事業を展開しようとしている。津波で3階まで浸水した宝来館だが、海水浴もできる美しい海岸あってのこの地域であり旅館でありということで、背後にある山への避難路を整備しつつ、防潮堤はつくらないという選択をした。旅館施設は復旧しその後増築もしているが地域の復興を含め四苦八苦している。2019年のラグビーワールドカップの誘致やスポーツによる地域の活性化に期待をかけている。
くらくなってから、宿に戻り仮設の飲屋街(吞ん兵衛横丁)に繰り出すも、目的の「お恵」という50年つづく居酒屋は満席で入れず。
Rimg71021
仕方なくホテル近くの居酒屋に行く。そこは昨年8月にも訪れた店。
この店で酒飲んでいると、35歳講師に学生から電話。
なんでも、「お恵」で飲んでいる客が「こっちにやってこい」と、いっているとのこと。
お恵の女将が、たびたびやってきたボランティア学生に電話し、その学生から指導教員である35歳講師に電話が来たという次第。まさに現代の携帯事情ということか!!
しかし、すでに腰を落ち着けた居酒屋でいろいろ注文してしまったので、また明日ということになり、その場はおさまったのであった。
前述のように、こちらはすでに飲み会開始。まずはお通し、枝豆、小魚とクルミの和え物。ビールで乾杯
Rimg71051
その後、おでんが気になり、3人各自好きなものを注文
Rimg71081
私は、巾着とがんもと牛蒡巻き
その後、お造り(写真なし)は鮪とイカ、これは大変美味しゅうございました。
そして、干物の焼き物(氷下魚(写真なし)と鱈(下の写真))
Rimg71111
最後に各自ご飯もの。私はおにぎり、学部長は鮭茶漬け、35歳講師は鉄板ドライカレー
満足して宿に戻りました。
かなり長くなるので、今日はここまで。

2014年7月 4日 (金)

大学の授業

東洋大学国際地域学部イブニングコースの都市計画

本日で第13講終了、全体で15講義、来週が通常授業としては最終講義です(15回目は試験としています)。
今週は授業の流れとは少し違う全編スライドの世界各地の「都市と市場のはなし」。
世界各地といっても、これまで私が訪れた、けっして多くはない内外の都市だけです。
実はこの「都市と市場のはなし」は、いわば不意の都合がある場合の「切り札」なのであります。
つまり、
●最悪の場合これはやらなくても授業全体の流れに問題はない、
●準備ができない場合でも、スライドを見せるだけですむ
先週この切り札を使いそうになった(仕事と通夜が重なり、かなりバタバタした)が、どうにか通常授業かできたので、今週この切り札を使ってしまおうと思ったのでありました。
はなしは変わりますが、毎週の授業ごと学生に「一言」を書かせいて、これを出席表代わりとしています。基本的には授業の感想を述べる学生が多いのですが(ちゃんと聴いているかいないかわかって面白いことこの上ない)、質問を書く学生も結構おり、毎週授業の始めにその質問に答えるのがお決まりとなっています。
先週の授業(アーバンデザインについて)に対し、先生の好きな建築、好きな都市はどこですか?」という質問が複数ありました。
それで、
好きな建築
●今帰仁公民館
●大学セミナーハウス
好きな都市
●バルセロナ
と、答えました。
今週の学生の「一言」にもこれは結構反応がありました。
バルセロナにいってみたい、大学セミナーハウスにいってみたいと…
しかし、残念ながら今帰仁も大学セミナーハウスもバルセロナも自分でとったデジカメ写真がない。今帰仁はいったことがないし、大学セミナーハウスは最後にいったのが多分20年前、バルセロナは2000年にいったが、このときはまだアナログカメラ(いいスライドがいっぱいあるが・・・)、これをスキャンすればよいのだが、まだ時間もその費用もないのが現状です。
また行くという手もあるが、いつになることやら・・・
ではまた。

2014年5月 2日 (金)

授業

本日、週一回大学の非常勤講師の授業。

あいかわらず、人数は多い。履修登録者数215人、実際の受講者数は170人ぐらいだろうか?
今回授業に先立ち、私をこの非常勤職に導いてくださった学部長(大学院時代の先輩)に、200人を超える学生数への対処の仕方についてアドバイスをもとめるため、少し早めに大学に到着。
いろいろアドバイスをいただく。
本日の授業内容は「人口の尺度」、本題に先立ち、先週まで2週分の学生からの質問その他にこたえた。
サグラダファミリアの高さは?
エスカレータは何故東京と大阪で乗る位置が逆なのか?
自分の歩幅を授業でいわれ測定したが、測定値は一般値と違うのかどうか?
黒板の字が小さいと見えづらい
廻りの人の私語が五月蝿いので注意してほしい
などなど
人口の話では、学生の出身地を都市の比較材料に使うため、毎回(隔年)学生の出身地をもとに資料をアップデートする。やはり自分の出身地が取り上げられるとうれしいようです。(200人もいれば、取り上げられる確率は1/10にも見たないのだが)
それと、人口密度の説明のために、大学キャンパスと講義をしている教室を題材に取り上げた。cadソフトで大学キャンパス面積に相当する四角形を描き、そこに学生数を等間隔で配置してみせた。
1
1辺169mの正方形、ぷつぷつ見えるのは人間。比較的学生数の少ないイブニングコースですらこの密度。学生納得したようでした。
来週からはいよいよ都市の歴史を紐解くのであります。

2014年4月24日 (木)

授業

本日、大学の授業(非常勤)

都市計画と地域計画を担当しています。
春学期に一年おきに交互に都市計画と地域計画を開講します。
今年は都市計画で、これを教えるのは一昨年につづき2回目になります。
最初の年は数十人の学生相手、
去年の地域計画が120人ぐらいの登録人数で、そして今年の都市計画は214人登録。
そのため大きな教室での授業となりました。
三人がけの椅子が8列、端の方はかなり見づらいのではないかと心配になります。そして、最後列のほうになると、教壇からはおとなしく聴講しているのかどうかも分からない。
熱心に聴講している学生は、目がこっちを見ているのでそれと分かる。しかしやはり後ろの方は分からない。もっとも、一生懸命に聴こうとする学生はそもそも、後ろの方には座らないはずです。
都市計画は2回目なので、一回目からそれなりにバージョンアップしています。
地域計画との住み分けもようやくわかってきました。
おもしろがって聴いてくれる学生がいるのはありがたいことであります。

2012年11月26日 (月)

授業(第8講)

第8講終了

近代の都市計画(提案型の都市計画)

バロック以降の提案型の都市計画について

大雑把にいって、ルドゥ~ハワード~コルビュジェまで

6時過ぎに白山駅に到着したら、学生が一人話しかけてきた。顔は知っている3年生の受講生。何やら、私の授業は面白いという。ありがたいことだ。私も思わず、「僕もやってて面白いのだ」といった。実際それは正直な気持ち、面白いのだ。1時間半の授業の準備に概ね30時間ぐらい費やしている。

授業後、やはりこの学生がやってきて、広島基町を見学に行ったという。かなり熱心な学生である。同潤会のはなしなどすこしした。

来週は近代の規制型の都市計画、これが相当手ごわい。組立がよくわからず15講の中で最大の難関と思われる。

2012年11月16日 (金)

授業

本日、週一回の大学の授業。よる7時50分スタート。大学は事務所から自転車で15分で行ける都内の大変便利な場所にある。この授業は今年初めて担当し、9月下旬から始まって、もう第7講まできた。ちょうど折り返し点。毎週の準備がとてもたいへん、先週と今週で「前近代の都市計画」を講義、都市計画5000年の歴史を一気に駆け抜けた。

今回は、しゃべり終えた直後に終了のチャイム。かなり慣れてきた。

パワーポイントに頼ったやり方が果たしてよいのかどうか、よくわからないが、今は完全に頼っている。パワポのページ数で講義時間もつかめている。はたして、学生の実になっているのだろうか?それを検証するためにも試験が大事そうです。

そして、いつもは講義後に夜10時近くから、私をこの講義担当に抜擢してくれた、この学部の学部長であるF教授と飲み会になるのだが、きょうは飯田橋で、田舎から出てきた一人を交えて高校同級生4人で飲み会。私以外は6時からスタート、私は授業を終え、10時から合流。

こういうことをするようになったのも、今日会った高校同級生のうちの一人が、私の事務所のホームページにまたまネット検索で行きあたり、連絡してきて以来のことです。そしてフェイスブックで他の友達を見つけ・・現在に至る。

話は違うが、木曜夜のこの授業が終わると、大変な解放感。やっと終わったと・・・、気分はもう週末。金曜はおまけの感じ。

しかし明日は、郡山に行って、福島ベトナムフェスティバルの打合せをせねばならない。

夕方集合なので、とくに大変ではないが、ひと仕事ではある。

今日はこのぐらいで・・・

フォト
2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

カテゴリー

無料ブログはココログ