つれづれ

2019年1月16日 (水)

パルミジャーノ・かぶりあーの

1月15日は小正月

冷蔵庫のある現代生活においては、正月料理もこの時期まで腐らずに保存される。
そして我が家において
一連の正月料理の最後を飾る? ものとて小正月(あたりに)食すのが
スパゲッティミートソース!!
なにゆえミートソースかというと
例年、煮染の梅に見立てる人参の型抜きなどで出る
大量の端切れを流用、ということであります。
Img_3543
今年も大変美味しゅうございました(妻作)。
ちなみに、この小正月恒例のミートソースの前菜とて
Img_3542
ジャガイモのネパール風(大量の香菜をつかって)
ミニトマトのマリネ
そして
いか人参
大晦日に作製したいか人参も、これですべて食べ尽くしました。
それにしても、一度の夕餉にて
ネパール、イタリア、福島と世界を駆け巡る我が家の食卓
*
で、
スパゲッティミートソースにかけた
パルミジャーノレッジャーノ
塊からいちいちおろします。
これが、ほぼなくなったので
本日(16日)ふと思いついて購入
そしたら、なんと
妻も購入していたではないか!!
で、こういうことになりました。
Img_3544
パルミジャーノ・かぶりあーの
私の購入したもの(左)は400gで1993円(安い!!・・肉のハナマサ)
妻の購入したもの(右)は164gで1443円
ずいぶん値段が違う
ともに24ヶ月熟成!!
味は違うのだろうか?
*
パルミジャーノレッジャーノを
一生懸命食べねば!!
と、決意した小正月
*
ではまた
#小正月 #パルミジャーノ #ミートソース

2019年1月 4日 (金)

三日とろろ #三日とろろ

正月3日とて

恒例の三日とろろ
福島、宮城、山形など南東北や北関東などで正月3日に食べる風習がある
三日とろろ
正月のご馳走で疲れた胃袋をいたわるために
とろろ飯を食べるのだという。
伝統的な正月料理は現代的感覚からすれば、二日くらい食べ続けても胃袋が疲れるとは思われないが・・・・
むしろ、とろろ飯は「ずるずる」と噛まずにいつもよりたくさん食べてしまい、はたして胃に優しいのかどうか甚だ疑問ではあります。
かつて、父親がいうには、実家の大店のまかない飯において、三日とろろに際してはご飯を通常の"倍"炊いたのだとのこと。
それくらいご飯が進むのであります。
Img_3373
で、とろろ飯を「ずるずる」とたくさん食べ、さらにおせちも食べ・・・なので
朝からお腹いっぱい、お酒も飲むし・・・
正月のご馳走で疲れた胃袋が休まるとは到底思えない!!!
ということで、今年も正月三ヶ日のご飯の年中行事を無事こなしました。
*
そして、これも恒例の破魔矢を買いに氷川神社へ
元旦は大行列なので例年3日に詣でます。
いつも通り、目鼻立ちのくっきりした女性区議会議員が晴れ着姿で自分の名前を書いたのぼりを持って、神社の入り口に立つ
それも議員の仕事?
単なる売名行為にしか見えないけど・・・
あ!、議員さんは名前を売ってなんぼのしごとか!!!
ご苦労さん。
その区議と目があわないように、神社を出て散策。
その後妻がスーパーで義母の肌着を購入するのに付き合ってあっさり帰宅
大した散歩にもなっていない。
で、夕ご飯
妻が実家から譲り受けた古い二段重に、Layoutの研究とておせちを並べて見る
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お菓子用の小さめのお重ですが、2人暮らしにはちょうどよい大きさ
*
で、こうなりました
Img_3379
右の煮染は人参が食べ尽くされてしまったので彩りがいまいち?
でもなかなか美しく盛り付けられました。
最後に、朝の余りのとろろ汁でとろろそば
麺は岩手県の乾麺です。
Img_3382_10
蕎麦がいい具合いにとろろを持ち上げて
大変美味しゅうございました。
*
ではまた

2019年1月 2日 (水)

2019 新年 #おせち #無添加 #手づくり

2019

あけましておめでとうございます。

*
今年もまずは御節から
Img_3361
全体像はこんな感じ、二人ですので。
説明的には次の画像の方がよろしいでありましょう。
なにしろ
完全無添加
てづくりのおせち
Img_3359
順を追って解説いたします。
*
左上はなます(妻作)
その隣の重箱は煮染(妻作)・・ちなみに入っている筍は昨年4月に妻が水煮にしたもの
我が家の御節の準備は4月から始まるのであります
(繰り返しますが、それをするのは妻)
右上はいか人参(福島中通りの郷土料理)・・するめと長人参を醤油ベースのたれに漬込む(私作)
中段左の赤い漆はこづゆ・・・会津の伝統料理(私作)一般的にはホタテの貝柱と椎茸で出汁を取るが、我が家は椎茸だけで精進でいきます。
四角の喜多方塗りの漆皿は・・・
左上から伊達巻(私作)
その右はエビの甘辛煮(私作)
右上は生ハム(いただき物)
中央の数の子(妻作)
小松菜(妻作)
紅白酢蓮(妻作)
漆皿隣の右上の薩摩切子はいくら・・旬の10月に最後の築地で購入した筋子で(妻作)
黒豆(妻作)
左下のお椀は雑煮(妻作)
こうして見ると
8:4で圧倒的に妻作
しかも私のつくるものはあまり手間もかかっていない!!
ただ今年は、エビの甘辛煮という新機軸が登場しました。
*
ということで、今年もよろしくお願いいたします。

2018年12月31日 (月)

年末行事

毎年、妻と役割分担で御節を作成する。

といっても圧倒的に妻の作業量が多い。
なにせ、妻の御節の準備はなんと
4月から始まる
4月に旬の筍で、煮染用の筍の水煮をつくる。
そして10月にはいくらの醤油漬け
これは10月初旬ぐらいのいくらが皮が柔らかくて美味しいので、そうする。
これら一連の作業は、すべて妻の仕事。
*
で、私はといえば
いか人参、こづゆ(会津の郷土料理)、年越しそば、伊達巻などを作成するが、あまり手間はかからない。
ということで
恒例のそば打ち
Img_3331
例年木鉢仕事はちゃんと行い
その後の延しと切りはパスタマシンに委ねるという
じつに
なんちゃって手打蕎麦
なのであります。
昨年は延しの段階でパスタマシンのダイヤルの設定を薄くしすぎてイマイチだったので
今年は満を持して、ダイヤルを一つ手前の厚さに設定したのだが
Img_3336
うーむ・・・蕎麦の美味しさとしては昨年の方がよかった
Img_3338
見た目はそれなりだが・・・
なんだか食感がもそもそして・・・
水の量がやや少なかったか?
なかなか難しいというか奥の深いものであります。
去年と今年の中間ぐらいの厚みがよいようです。
まあ、それ以外の要素もあるとは思いますがなんせ年一度しかやらないので・・
つづいて、
これも毎年つくっている伊達巻
Img_3342
某料理サイトで作り方を調べると、粗方「はんぺん」を使えという。
市販の「はんぺん」にはほぼ、化学調味料がはいっているので❌
料理サイトなど信じてはいけない。
で、上の写真のように帆立を使います(海老でもよいです)。
Img_3343
材料をフードプロセッサにかけて
Img_3344
オーブンで焼いて
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簾で巻けば出来上がり。
Img_3350
砂糖控えめにして、市販のものより甘さを抑えた、卵の味を素直に感じられるものが出来上がる・・・はずです。
まだ、御節づくりはつづきます。
来年もよろしくお願いいたします。
*
ではまた
#年越そば #手打蕎麦 #伊達巻

2018年8月10日 (金)

不愉快極まりない都庁のエレベータホール

ひさしぶりに、「のど自慢」でも、「旅館の朝ごはん」でも、「じじ・ばばの店」でも、「食」でも、「語学遊び」でもない

「苦言」

を一席。

*
毎年この時期にはNPOの事業報告というやつを、法務局と都庁に提出するのであります。
時系列からいうと、まずは法務局
でも法改正により、来年からは法務局にはいかなくてもよいことになったようであります。
そのかわり、NPOのホームページに財務状況の資料を掲示しなくてはならないのだが・・
*
しかし今回それはどうでもよい。
毎年1度、この時期に都庁に書類の提出に行くのであります。
都庁第1庁舎17階
例年のようにエレベータをおりて、目的の窓口に向かわんとする。
エレベータホールから、廊下に出ると、実に不快な長い中廊下がずずーーっとつづく。
その「不快」な
廊下を通って窓口に到着
郵送でもよかったのだが、今年は事業報告以外に定款の変更やら理事の変更やら色々あるので、直接持ち込むことにした。
案の定その場で修正が発生。
それでも15分ほどで手続きは終了。
ちなみに、執務空間も窓にフィルムが貼ってあり、外は見えない。
実に不快💢💢💢💢
こんなところに終日いて、果たしてまともな仕事ができるのだろうかと甚だ憂慮。
唯一の救いは窓口の背後、廊下の反対側に窓があって、ちょっと休憩できる場所として西側の景色が見えることぐらいか。
で、
エレベータホール。
このエレベータホールが
丹下健三事務所設計の、この東京都庁の建築において、私が唯一よいなあと思う空間なのであります。
こんな超高層なのにセンターコアではなく、エレベータホールが西側の外壁沿いにある。
エレベータの「下り」の釦をおして
長くて20秒ぐらいだろうか
僅かな時間ではあるが、エレベータホールの突き当たりの外壁に穿たれた窓から、晴れていれば東京西部から丹沢の山々越しに富士山がみえる
それが見えなくても、中野やら杉並やら、日常の街々がまるで箱庭のように広がる。
これを毎年楽しみにして都庁にやって来たといっても過言ではないのであります。
ところが!!
今年は、エレベータをおりたときからなんか変だとおもったのだが、
用が終わって、戻ってみると
Img_1375
これです
なんと、エレベータホールの窓側が遮断されて倉庫になっているではないか!!。
奥の方は高層階用のエレベータシャフトなのでこの階には用のない空間であることは間違いない。
しかし
しかしであります。
こんなことをしてまで、倉庫を確保しなくてもこの建物の平面形からすると、余ってる場所など山ほどあるだろうに💢
💢💢💢
何考えてんだといいたい!!!
💢💢💢
エレベータの待ち時間のささやかな楽しみを奪ってまで、そんなに保存しとくものあるのか?
*
ではまた

2018年1月24日 (水)

東京で4年ぶりのまとまった雪。

都内で積雪23cmとのこと

大手新聞はこれを
「ドカ雪」と呼ぶ。
そして、交通網は大混乱。
「これっぱかの雪で・・・」
と、
我が郷里など雪国の方々からは失笑を買うこと必定であります。
それでも結構積もりましたねえ。
Img_9920
まるで東京ではないみたい!!。
積雪の翌日はさすがに自転車通勤を控えました。
そしてさらに一日経って、6.3kmの自転車通勤
・・・
まだ、その段階ではなかったようです。
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車道の中央付近はもう雪がないのだが、路肩はまだまだ
そう、自転車は路肩部分を走るのであります。
Img_9936
自転車の走りづらさは全く考慮されていない!!
自転車は「車両」なので車道を走るのが基本。
であるからして、こんな状態では困るのであります。
*
「自転車に配慮した街」はいつになることやら・・・
*
ではまた

2018年1月20日 (土)

コピー機の返却

正月を除くと久しぶりに、ベトナム以外の話題。

「コピー機」と題しましたが、正確には
白黒レーザー複合機
つまり、複写・印刷・fax・スキャンができるA3の白黒レーザー印刷機です。
2006年12に導入したR社製(ちなみにその前の初代もR社製のコピーfax複合機(ソーター付)で、1991年事務所創業以来なんと15年もお世話になりました)
初代は最後にはR社から、
「もう部品がないので、お願いですから新しいのに替えてください」
とて、止むを得ず新しくしたのでありました。
それまでの、印刷機+複写機が複合機一台で済むのは場所的にも利点は大きかった。
そして、2代目
これも5年のリース期間はとうに過ぎ、その後は再リースで毎年9000円余り払い続け、気がつけばかれこれ11年もお世話になったが、まだまだ故障知らず
そして昨年、カラー出力専用の安いインクジェット印刷機(2代目)が壊れたのを機に、3代目候補として別の複合機を購入しました。
B社の複写・印刷・fax・スキャンができるA3カラーインクジェット複合機(両面印刷も対応)
つまり、これまでの白黒レーザー複合機+カラーインクジェット機という体制から
あわよくば、この1台で全部まかなおうと目論んだのでありました。
スキャンすると自動的にPDFファイル化してくれるのも便利(まあ、今の機械では当たり前ですが)
そして"見るだけfax"というのも便利(これも今の機械なら当たり前)
今や、fax受信はほとんど営業もので、いちいち自動的に印刷されるのは腹立たしい限り💢💢
そしてこの機械はMac対応なのも大きい。
本体も安いのだが、印刷費(インク代)の安さを謳うのも魅力(導入以来、最初にインクがなくなるまで枚数を数えたら、カラーで一枚あたり7円ぐらい、カタログ値よりは割高だがそれでもかなり安い)。
しばらく使ってみて3代目と認定。
*
で、
再リース更新の12月いっぱいで2代目に引退願おうということになった次第。そして1月中にこれをR社に返すことになりました。
*
ここからが本題です。
よくわからないが、本体を自分で返送することにしてしまったので、その段取りをする必要がある。
まずは、出入りの宅配便Y社に電話した
いつものように
「集荷お願いしまーす!!」
すると、大きいものは引き受けていないので、専門の部署に電話してほしいという。
ネットで調べてその部署に電話すると、出ない。
それでY社と共に大手のS社に電話すると、
4800円だという。それは安いのではないか!!
そして明日下見に行くので梱包しておいてくれとのこと。
梱包?
こんな大きなものの梱包なんて考えてもみなかった。
事務所にある段ボールとエアキャップをかき集めても、半分しか梱包できない。
うーむ・・・
帰宅して家にあるのをかき集めて、翌日再度梱包
そしてこうなりました。
Img_9911
一応、上から下まで本体を包みました。
満を持してS社の下見を待つ。
するとS社の担当者がやってきて一瞥し、
「これはー、うちでは運べませーん」
なにー!!
「うちは基本的に一人で運びますので、これは持っていけませーん」
1階まで下ろすの手伝うけどだめ?(うちの事務所は階段しかないビルの2階にあります)
「だめです。申し訳ないですがー」
だと💢
電話で大きなコピー機だと説明してるので、運べるかその時点でわかるじゃないかー💢💢
*
全て振り出しに戻る。
仕方なく、他を当たる。
まずは、複合機のR社そのものに電話し、そちらで運べないか打診。後から電話をもらうことなった。
それと並行して、F社に電話。
すると
「うちは、引越しの一環としてしかやってませんので、単体はお受けできませーん」
だと💢
*
そこで、前日に電話に出なかったY社に再度電話すると、今度は出ました。
コピー機の型番、こちらの建物の状況や配送先の状況など詳しく問われる
「配送先は1階という条件で、21600円でーす」
なんと!!
たかーい💢
と、途方に暮れているところに、R社から電話
「6480円でーす」
梱包は?と問うと
「なにも必要ありません。裸のままで結構でーす」
だと!!!
ということで、せっかく苦労した梱包を全て解くことになるという「落ち」でした。
あーあ💢
*
ではまた

2018年1月 6日 (土)

年末年始

帰国したのが28日なので、世の中はすでに年末モード

今年は、ほとんど年末行事に参加できず。
わずかに帰国当日、仕事仲間の事務所の忘年会に参加(前回ご紹介済みですが・・・・)。
Img_9631
別角度から・・・
*
30日には地元の若者たちのバンドThe Blue Screamの今年最後のライブとて沼袋へ
Img_9635
大晦日は恒例のそば打ち
Img_9659
二八蕎麦(蕎麦粉400g+強力粉100g)
熱湯150ccと水150cc
木鉢仕事(水まわし)はうまく行きました。
いつも通り、延しと切りはパスタマシンという「なんちゃって」手打蕎麦。
昨年もそう思ったような記憶があるが、延しの段階で、パスタマシンの厚さを決めるダイヤルを一番薄いところから2つ手前にすべきでありました。ちょっと薄すぎて細く平べったい蕎麦になってしまった。
そして長い!!
でもまあまあの出来。
0時を回って、近所のお寺に鐘をつきに行って来ました。
Img_9665
元旦、おせち
今年はなぜか頂き物が多く、私が年末ギリギリまでいなかったこともあり、全部手作りではありません。でも妻の作業はほぼ例年通り
紅白レンコン、数の子、黒豆、なます、煮しめ、昆布巻、いくら、雑煮は妻作
この写真で私が作ったのは、
こづゆと烏賊人参のみ
例年元旦の午後、夫婦で妻の母が暮らす老人ホームに新年の挨拶に行くのですが、今年は私は風邪ひきのため自粛
私の風邪がうつってしまった妻はさすがに行かないというわけにはいかず、一人で行きました。
そして夕食、おせち第2弾
Img_9671
肉肉肉!!!
右の白インゲントマト煮込(ソーセージ入)は私作、左の三角形に切った煮凍り状の肉はベトナムのお土産
DĂM BÔNGという名前だそうです。
これはフランス語のJambonに由来しているのでしょう。
つまり「ハム」
こんなところにもフランス語の語彙が・・・
バナナの葉に包まれていたのは、いかにもベトナム風(バナナの葉には抗菌作用がある)
長さ20cm以上、直径10cmぐらい、かなりの量でしたが、後日事務所の新年会に持って行って食べつくしました。
Img_9691
最後に柏南蛮蕎麦(私作)鶏肉は雑煮用の余り。
*
2日は恒例の家族宴会
Img_9680
料理はおせちそのものなので、元旦とおなじ
今年は、妹は海外旅行とて、弟一家のみ来訪。
*
そして、正月三日
会津の風習「三日とろろ」(福島など南東北一円の風習のようではあります)
Img_9686
昨年も確か書きましたが、
「お母様、三日とろろ美味しゅうございました」
と、認めた 円谷幸吉(須賀川出身)の遺書で一挙に有名になった
「三日とろろ」
とろろ芋250gに昆布と椎茸の出汁と薄口醤油と味醂少々。
これをご飯にかけて
「三日とろろ」と称して
正月の贅沢な料理で疲れた胃袋を癒すために
1月3日にいただくのだそうです。
現代の食生活からすると、
週に3回ぐらいは三日とろろ食べないと胃袋は癒されない???
今年も美味しくいただきました。
*
午後、K事務所時代の同僚というか後輩のTくんとK氏を訪問
お元気そうで何より。
夜はTくんがそのまま我が家に
で、おせちの残りで宴会し、最後には、これも三日とろろの残りで、とろろ蕎麦
*
4日には氷川神社で破魔矢も購入し、正月行事が無事終了でありました。
*
ではまた

2017年12月 3日 (日)

怒涛の1週間を写真で検証

先々週から先週にかけての怒涛の1週間を写真で検証してみましょう

まずは
11月22日
成田からハノイへ
Img_9186
ベトナム航空の機内食。月替わりの模様で、11月2回目の渡航なので前回の全く同じ内容。
定刻にハノイ到着
そこから迎えにきてもらった車でハノイ経由地方都市へ。
6時前に地方都市到着
すでに夕ご飯の時間となり、我々が命名したところの
「社会主義レストラン」
で夕食
Img_9190
何故「社会主義レストラン」か?というと、だだっ広い店内に客がほとんどいなくて、店員が超暇そうにしている。それでも店が潰れないのは、国営か何か?
何故に客が少ないかというと、味は悪くないが、
高い!!
まあ閑古鳥が鳴いてるのは当然ですね。
しかし今回は、寒いから扉のある屋内のレストランで、という同行した先輩のたっての希望でこちらになりました。今回はレストラのお姉さんが大変サービスがよかった。
揚げ春巻と魚の揚げ物(ライスペーパーで包んでいただきます)
左上の落花生はお姉さんが丁寧に皮を剥いてくれました。
*
翌23日
*
朝から打ち合わせ、すると発注者の担当者が現れて、やや引きつったような面持ちでのたもうことには
24日の会議が27日に延期。
なんだとぉーーーー!!
しかし、その決定には従うしかない。ということでこの時点で怒涛の1週間が決まったのでありました。
お昼は発注者のご招待で池のある郊外のレストランでご馳走になりました
Img_9204
こちらも閑古鳥!!
ヤギ肉づくし、山羊はベトナム語でいうとDe Nui(ゼー・ヌイ)
直訳すれば
「山の山羊」
野生の山羊なのだそうです。
大変美味しゅうございました。
*
ウォッカをしこたま飲まされ酔っ払いつつ、午後さらに作業
夕食は作業しながらということで、投宿しているホテルのレストランで高いチャーハンをいただきました。パラっとしていて味は悪くなかった。
明けて24日、午前中はさらに地方都市で作業し、午後先輩と一緒にハノイに戻る
Img_9215
ハノイ近郊の高速道路沿いの住宅開発
ハノイにて週末を過ごす先輩を途中で降ろして、私はまっすぐ飛行場へ。
今回は大変混んでいる時期で、ハノイから日本への直行便が取れず、18:30発の飛行機でダナンに行きそこから成田行きに乗ることになりました。値段も普段の倍以上!!
なかなか飛行機が動き出さないと思ったら、顔に見覚えのある政府要人が乗り込んできて、即出発。要するにこの政府要人を待ってた模様。
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ダナンに着きました。
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7年ぶりにきたダナン国際空港、綺麗になりました。
空港でまずくて高いご飯を食べて
0:40ダナン発の深夜便
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ダナン-成田便の機内食(朝食)です。
25日6:40無事成田到着。これでライブに参加できる!!!
まっすぐ帰宅、ギターをとって、ステージ衣装を選ぶ余裕もあって、横浜のライブ会場へ
13時会場到着、13:15からのリハに無事間に合いました。やれやれ
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16:45-17:05ライブ 9バンド参加の3番手。
その後ライブは21時まで続き、打ち上げにも参加して、会場を後にしラーメンを食べて
横浜駅に
ふと気がつくと、カバンがない。
どうもラーメン屋に忘れてきた模様。
とって返してラーメン屋でカバンを無事回収。
考えてみれば、横浜駅で湘南新宿ラインの次の発車まで20分以上時間があったのがよかった。
これがもしすぐに電車に飛び乗ったらば回収できなかったかもしれない。
新宿駅に着くと、妻とばったり遭遇。
向こうは、ライブの後横浜で女子会とのことでありました。
そして帰宅したのは24時ぐらい。
さすがに疲れました。
明けて26日
6時に起きて、成田からまたしてもハノイへ
ヒコーキから富士山が見えました。
Img_9235
そして
Img_9240
機内食
一番最初の写真の機内食と全く一緒であることが見て取れましょう。
さすがにあきます。
で、ハノイ経由地方都市。
夕食は又しても、先輩のご要望で社会主義レストラン
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全く同じ魚の揚げ物。ライスペーパーに包んでいただきます。
今回はお姉さんのサービスは、なしでした。
*
27日
延期に次ぐ延期でようやく会議本番です。
無事終了。
*
その後、昼食、打ち合わせ
*
そして、ハノイに戻り、夜、友と会食
Img_9261
今回のハノイ泊は豪華なホテル
Img_9263
28日朝6時ホテル発、滞在時間を考えるとなんとももったいない。
ハノイから羽田行きで帰国
ということで怒涛の1週間の紙芝居バージョンでした。

2017年11月28日 (火)

怒涛の1週間

先々週ベトナムの関係先から突然電話連絡がありました(躊躇なく国際電話してくるのはベトナムは電話代が安いせいでしょう)

曰く、
「22日に人民委員会委員長への報告会が決まりましたー。出席できますかー?」
なに!!
14日に人民委員会各部局への説明が終わったばかりなのに、そんなに急に?
仕方ない、行くしかないなぁ、などと思いつつ、すぐに飛行機を予約するのはとりあえず様子見にしておりました。
そしたら翌日になって、また電話があり、
「22日の会議は24日に延期になりましたー、大丈夫ですかー?」
って、大丈夫じゃない。
24日は一年も前から決まっていた大学教授の生誕百年パーティがある。
それに出れないじゃないか!!
そして私としてもっと重要なことは、25日のライブ
これも1年前から決まっていたスケジュール
師匠の生誕100年祭は別に私が出席しなくても、誰も何も困らないが、25日のライブは私(ギター)が欠席ではお話にならない。
で、大変切符が取りづらい高い時期ではありますが、22日に出発して24日の会議に出席し、それが終わり次第ハノイに戻り、ダナン経由で25日朝成田に戻って、ライブに参加するという超綱渡り的スケジュールを組んだのでありました。
予定通り22日にベトナムに渡航し、23日に翌日の報告会に向けて朝から打合せをしていた矢先、
なんと
報告会が27日に延期だと
なんてこったー
それではライブに出れないじゃないか!!!
飛行機を変更とか色々考え、
結局。
当初の予定どおり24日の深夜便で帰国し、ライブに出演し、翌26日の朝の便でふただひベトナムにやってきて27日の報告会に出席という超きつい予定を組んだのでありました。
つまり、もう一度整理すると・・
22日朝東京-ハノイ飛行機移動、午後ハノイ-地方都市 車で移動 地方都市泊
23日地方都市で終日打合せ・報告会資料作成 地方都市泊
24日午前中報告会資料作成 午後ハノイに車で移動 ハノイ-ダナン飛行機で移動
25日 ダナン-成田飛行機で帰国、帰宅して着替えてギターを持って横浜に移動、ライブ参加、打ち上げ参加、深夜帰宅
26日東京-成田-ハノイ-地方都市移動(22日と同じ旅程)
27日午前中報告会-午後打合せ後ハノイ移動 ハノイ泊
28日朝の便でハノイ-羽田移動、帰国、午後事務所到着
人生においてこれほど、予定が重なり移動したことはなかった。
怒涛の1週間でありました。

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